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連載シリーズ「糖尿病専門医のワンポイントアドバイス」

 深夜に血糖を測りましょう

はじめに

インスリン注射を行っておられる方は時に血糖が正常レベル以下まで下がってしまうことがあります。この状態を低血糖と呼びます。低血糖が起こった時は様々な症状が現れるのですぐに気がつきますが、深夜に起こると分からないことがあります。気がつかないままに低血糖を放っておくと重症化して大変なことになる場合があります。そのため、深夜に時々血糖を測ってみることが大切です。今回はこの点についてアドバイスしたいと思います。

なぜ低血糖になるのか

正常の食前や夜間の血糖は70~100 mg/dl、食後はおよそ140 mg/dl以下です。健康な方でも時々60 mg/dl台のことがありますが、それ以下になることはほとんどありません。従って、一般的には60 mg/dlを切ると低血糖と呼んでいます。低血糖になる原因は様々ですが、最も多いのはインスリンの過剰です。普段は低血糖が起こらない方でも、食事が少なかったり、食事が遅れたり、運動が多くなると相対的にインスリンが過剰になるため低血糖が起こります。従って、インスリン注射やインスリンの分泌を促すタイプの内服薬で治療している方には常に低血糖のリスクがあります。

低血糖の症状は2種類あります

それでは低血糖になると、どのような症状を感じるのでしょうか。下の表は低血糖のレベルによって起こってくる症状です。低血糖の症状は2段階に分けられます。第1段階は50~60 mg/dl程度の軽い低血糖状態で起こる自律神経の症状です。自律神経には体の活動性を上げる方向に働く交感神経と、体を休める方向に働く副交感神経の2種類があります。起きている時間帯は主に交感神経の活動性が高く、体の活動性を維持するのに役立っています。睡眠をとる夜間の時間帯は副交感神経の活動性が高まり、体を休めてくれます。軽い低血糖状態では、交感神経の作用が強まり、動悸や冷汗、手指のふるえなどの症状が出てきます。これは警告症状ともいえるもので、「今低血糖ですよ、糖分を摂りなさい」と教えてくれています。この時点で糖分を摂らないでさらに血糖が低下すると、第2段階の脳のブドウ糖欠乏症状が出てきます。人間は60兆個の細胞で構成されていますが、すべての細胞はブドウ糖をエネルギー源として生きています。脳の細胞も同じです。血糖が著明に低下すると、脳細胞もブドウ糖不足になり、おかしな言動やせん妄、けいれん、麻痺など様々な症状が出てきますが、本人はこのような自分の状態が分かっていません。さらに進行すると意識が低下し始め、最終的には昏睡に陥り、命にかかわる重篤な状態になります。

血糖値

          症状

   原因

50~70 mg/dl

強い空腹感、動悸、冷汗、手指のふるえ、不安感、顔面蒼白、血の気が引く感覚など

自律神経の作用増強
(主に交感神経作用の亢進)

30~50 mg/dl

集中力低下、無気力、倦怠感、頭痛、目のかすみなど

脳のブドウ糖欠乏
(軽症)

30 mg/dl以下

異常な行動、けいれん、麻痺、意識低下、昏睡

脳のブドウ糖欠乏
(中等症~重症)

 

低血糖を元に戻す仕組みがあります

このように低血糖は人間にとって不都合な状態です。それ故、低血糖になっても元の正常血糖に戻そうとする仕組みが人間には備わっています。軽い低血糖状態では第1段階として交感神経の作用が強まると説明しましたが、同時にアドレナリンやコルチゾールなど、インスリンとは逆の働きをするホルモンが分泌されます。交感神経もこれらのホルモンも共に肝臓に作用して血糖を上昇させてくれます。従って、軽い低血糖であれば糖分を摂らなくても自然に元の血糖まで戻る場合もあります。しかし、低血糖を起こしている勢いが強い場合は元には戻らず、さらに血糖が低下してしまいます。

深夜の低血糖は気がつきにくいのです

下の図は海外で行われた調査で、インスリン注射で治療中の患者さんを対象に、持続的に血糖を測定できる特殊な器具を用いて低血糖について調べた結果です。図の左側を見ると、インスリンの種類によらず低血糖の自覚症状があった回数は1人あたり1週間で1回以下です。ところが図の右側のように、持続血糖測定で精密に調べると、低血糖の自覚症状がないのに血糖が56 mg/dlを切った回数はインスリンの種類により多少の違いがありますが、総じて非常に多いことが分かります。つまり、低血糖が起こっていても気がつかない場合が少なくないということです。それでは気がつかない低血糖はいつが多いのでしょうか。

下の図はやはり海外で行われた調査ですが、80人の患者さんが30Mixと30Rという2種類のインスリンをそれぞれ3日間使用しました。計6日間にわたって、先と同じ器具を使用して持続血糖測定を行って、低血糖の自覚症状がなくても血糖が63 mg/dlを切ったのべ回数を調べたところ、どちらのインスリンでも深夜3時から早朝7時にかけての時間帯が最も多かったという結果です。従って、夜中から早朝にかけての時間帯は気がつかない低血糖が起こりやすいことが分かります。

 

なぜ気がつきにくいのでしょうか

低血糖症状の第1段階は交感神経の作用が強くなるため起こる、動悸や冷汗、手指のふるえなどの症状でした。ところが深夜は交感神経ではなく、体をやすめる副交感神経の作用が強くなっています。従って、交感神経は寝ている状態です。それ故、夜中に低血糖になっても交感神経の作用が亢進しにくいのではないかと考えられます。

 

深夜の低血糖は何が問題なのでしょうか

軽い低血糖は問題がありません。しかし重症化して第2段階に至ると生命を脅かす状態に陥る危険性があります。さらに問題なのは、このような時には脳梗塞など血管が閉塞する病気や重症の不整脈が起こりやすいことが知られています。この原因は低血糖自体による全身の細胞のブドウ糖不足とアドレナリンなどのホルモンが反応性に上昇することによるものと推測されています。

深夜に血糖を時々測ってみましょう

私たちは外来でインスリンを使っている方に、「低血糖症状がありますか?」といつも尋ねます。「いいえ、ありません」と答えている方でも、実際には深夜に起こっているかもしれません。自覚症状がない限り、ご本人には低血糖が起こっていることが分からないのですから。それ故、自己血糖測定の器具をお持ちの方は、月に1,2回で結構です。深夜1~3時の時間帯に目覚まし時計をかけて血糖を測ってみましょう。そして70 mg/dlを切っていたら、すぐに糖分を摂りましょう。また、100 mg/dlを切っていれば、主治医の先生や医療スタッフの方に報告しましょう。同時になぜ深夜に低かったのか、ご自分なりに思い当たる原因を考えてみて下さい。たとえば、夕食の量がいつもより少なかったからか、寝る前に普段以上に運動したからか、インスリンの種類や注射量を間違えたからか、などなどです。これはインスリンの種類や量を考える上で非常に重要な情報です。

最後に

日中は起きている時間帯ですから、低血糖症状は気がつきやすいし、血糖測定も対処も容易です。しかし、深夜は熟睡しており、不快な症状で目が覚めない限り、低血糖など起こっていないと考えがちです。しかし、実際は無自覚性の低血糖が起こっているかもしれません。低血糖までいかなくても、それに近いレベルまで下がっているかもしれません。インスリン注射を行っている方は月に1回だけでも深夜に血糖を測定されることをお勧めします。